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人手不足時代にトヨタが選んだ
社員へのライフデザイン支援

トヨタ自動車株式会社

トヨタ自動車は2023年、全員活躍を掲げ、全社員一人ひとりの「多様性」をいかしつつ「成長」を促し、産業全体に「貢献」していくことを労使間で共有した。人手不足が深刻化する中で、社員それぞれに人生の中でキャリアをどう位置づけるか考えてもらうよう人事制度を位置づけし直した転換点だったという。トヨタには育休や時短勤務、復職制度など両立を支える多様な制度が以前からあったが、暮らしに紐づけることで、社員が自律的にキャリアとライフの比重を考え、制度を活用してもらうよう取り組んでいる。トヨタが実施したライフデザイン講座に同行しつつ、人事部労政室の加藤吏グループ長と松雄香怜氏に狙いや今後の課題を聞いた。

※経済産業省が12月18日(木)に名古屋で開催するライフデザイン経営シンポジウムにも、トヨタ自動車株式会社の担当者が参加します。詳しくはこちらをご覧ください。

記事のポイント

  • 変革期だからこそ社員に求めるライフの自律的な選択
  • 人手不足が深刻になる中、ライフ面の支援で若者からも選ばれる産業に
  • キャリアとライフの“両立観”に対応するグラデーション制度
  • 個人の可能性を広げる制度と職場の風土
トヨタが実施したライフデザイン講座の様子(2025年11月)
トヨタが実施したライフデザイン講座の様子(2025年11月)

■具体的イメージを伝える講座で自律的な判断に

 「仕事面だけでなく、生活面においても多様性をサポートできないかと考えて、初めてこの講座を実施することにしました」
トヨタが、車両の開発や試験などを担当する技能職の20-30歳代社員向けに行った2025年11月の研修の冒頭、加藤氏は参加者にこう語りかけた。

 トヨタの労政室は、育児・介護や両立支援制度の企画・運用を担う仕事がある。この日の講座は、産前・産後・育児期間に焦点を当てた「ライフ面」の講座。トヨタでは管理職や一般社員など階層別のキャリア研修は数多あったが、ライフ面に重きを置いた講座は初めてだという。加藤氏は、「『全員活躍』を掲げる中で、自律的に判断できる社員を育成していくためには、キャリアだけでなく、ライフ・人生の中でどう仕事を位置付けていくかを考えるきっかけを提供しないといけないと考えました」と、開催を決めた理由を語る。

トヨタ単体でも社員数は約8万人に上る。主にいわゆるオフィスワークに従事する事務・技術・業務の各職種とは別に、今回の講座に参加した生産関係に従事する技能職がある。生産現場に近くなるほどに会社のキャリア制度や福利厚生といった情報が届きにくくなるとの懸念を、人事部として認識しており、今回の講座対象を技能職にしたという。

「ライフ」面ということで任意参加にしたものの、募集対象の20-30歳代からの関心は高く、定員の28名を上回る参加希望があったという。
講座は、特定非営利活動法人manmaが産前・産後・育児をテーマに行った。2人一組ですごろくゲームの中で産休や育休、時短勤務を疑似体験し、会社が設ける制度の必要性を認識しつつ、それにともなって仕事や生活、経済的な環境が変化していくイメージを持ってもらう。いつ育休をとり、復職は時短勤務にするか、など、各人に判断を求めていく。

産前・産後・育児を疑似体験するすごろくに取り組むトヨタ自動車社員ら。奥は講座を担当したmanma講師
産前・産後・育児を疑似体験するすごろくに取り組むトヨタ自動車社員ら。奥は講座を担当したmanma講師

参加者からは「知らなかった会社の制度に触れるいい機会になった」「ふわっとしか考えていなかった出産や育児に対して具体的なイメージを持てた」といった声があった。
松雄氏は「制度にも選択肢があることを知ってもらい、一人ひとりの社員の“両立観”を実現してもらいたい」と、講座への手ごたえを感じる。

■グラデーションで示す両立支援の制度

トヨタにとって、2023年の労使間で行った「全員活躍」は、社員の「ライフ」面を意識するきっかけになったという。 加藤氏は、「人手不足で採用が難しくなる中で、全員活躍のために、社員一人ひとりが持つ両立に対する価値観に対応するためには、ライフ面でも会社のサポートが必要ではないかと考えるようになった」と、変化を明かす。

社員のライフデザインをサポートする必要性を語る加藤氏(右)と、松雄氏
社員のライフデザインをサポートする必要性を語る加藤氏(右)と、松雄氏

以前から、産休や育休に加え、2交替制の勤務体系を超えた多様な時短勤務、託児所、保育費用補助など幅広い支援策を整えてきた。配偶者の転勤等で退職を余儀なくされた人材のキャリア・カムバック制度や、退職した人材を再度受け入れるアルムナイ採用も進めてきた。しかし、ライフの部分と関連付けて訴求できてはいなかった。

2023年以降は、これらの制度を「グラデーションのある両立観に対応する選択肢」と位置づけしなおし、介護や転勤への帯同に伴う再入社の制度、時短勤務や休暇に関わる制度など、「プライベート優先」や「働く時間を確保したい」といった働き手目線で、生活支援の仕組みと組み合わせた制度を展開するようになった。

こういった展開を行う中で、制度に対する社員の意識変化もみられ、育休取得が浸透しにくい生産現場や海外拠点をかかえながらも、男性の育休取得率は70%に近づき、「改善が見られている。大きく上昇した」と、松雄さん。

社員の両立支援に向けた制度を説明する松雄氏
社員の両立支援に向けた制度を説明する松雄氏

自動車業界は100年に1度の変革期と言われている。加藤氏は、「生産ラインにもロボティックスやフィジカルAIが入ってきて与えられた仕事をするだけの時代ではなくなっていく。自律的に仕事をしてもらうためにも、昇格といったキャリア研修だけでなく、生活面の研修で学んだ選択肢も大事になってくる」と話す。松雄氏も、「人生を考えることで、仕事のやりがいにもつながる」と、キャリアとライフの不可分の関係に着目する。

■自律的な行動と安心感の両立

トヨタでは以前から、兼業・副業も会社の承認の上で認めてきた。IT系のエンジニアや講師といった兼業・副業申請が多く、「1日で10件程度の申請があるときもある」という。

また、来年からは、新たな人事制度も導入する。
「キャリア支援休職」だ。トヨタに籍を置いたまま、配偶者の転勤への帯同だけでなく、専門性を高めるための学業事由でも取得できる休職制度を設ける。社員のリスキリングを後押しする狙いもある。「トヨタの社員という心理的な安全性を持ちながら、一人ひとりの可能性を引き出すことができる」と松雄氏。トヨタ社員として目の前の仕事だけに対応するのではなく、新たな可能性に挑戦する社員の背中を押す。

■内製化するキャリア教育と、第三者を活用するライフ支援

 トヨタが技能職を対象に以前から行ってきたキャリア研修は、社内で教育を受けた有資格者が講師となって行うのが通例となってきた。「中堅」「EX(班長)」「組長」「工長」といった階層ごとに上位階層の人材が研修を担うことで、現場で起きがちなミスや抱えがちな悩みを共感しながら実践してきたという。アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)などへの対処は、現場を知っている人材だからこそできるからだ。

 一方、今回から取り組みを始めようとしているライフデザインの講座は、「キャリアと違い多様な価値観が求められるもので、少なくとも今は社内の講師による内製化は難しい領域。外部の力を上手く活用しながらやっていくことになるでしょう」と、加藤氏。さらに今回の講座はこれから多様なライフイベントに直面する20-30歳代を対象としたものの、加藤氏は、「社内の世代間ギャップを認識するためにも、マネジメント層にも受講してもらう可能性も検討していきたい」と話す。

人手不足時代にトヨタが選んだ社員へのライフデザイン支援