従業員100人前後の中小企業で実践するライフデザイン支援
東京海上日動火災保険株式会社
国内の人手不足が深刻化する中、中小企業では従業員の採用、定着が一段と難しくなっている。中小企業白書(2024年版)によると、人手が不足していない企業の主な理由として「賃金や賞与の引き上げ」に次いで多いのは「働きやすい職場環境づくり」や「福利厚生の充実」といった内容だ。ただ、従業員100人前後の中小企業が大企業並みの職場環境や福利厚生を整えるのは容易くない。効率的に対策を講じるにはなにが必要なのか。企業の自己診断サービスと支援サービスを提供する東京海上日動火災保険の北村茂喜・マーケット戦略部・営業推進部部長兼中小企業室長と内田和憲・課長代理に、中小企業がライフデザイン支援を目指すうえでのポイントを聞いた。
記事のポイント
- 従業員に対する70項目のアンケートから、経営者と従業員のミスマッチを解消し、講じるべき対策を明確化
- 健康面や労働環境などの懸念のあぶり出しに加え、従業員の生活面や暮らしもサポートする対策につなげる
- アンケート回答は匿名化、統計化してプライベートに配慮
- 同規模企業を対象とする情報発信サイトやセミナーで、大企業並みの福利厚生を実現

■従業員の声を拾い上げる70項目
――「家庭生活に満足していますか?」「会社の取り組みや制度、風土として気に入っているものはなんですか」
東京海上日動火災保険・東京海上日動あんしん生命保険が2023年から中小企業向けに無償提供を本格スタートした「ウェルビーイングナビ」で従業員にたずねるアンケート70問は、自身の健康状態や症状、メンタル面の悩み・不安から、職場や仕事に関しての満足度、さらには私生活の状況まで、幅広く声を拾い上げ、「従業員の『心』と『体』の健康状況」「職場リスク」「エンゲージメント」等を「見える化」する。北村氏は、「人手不足の解消に欠かせないのは、従業員の採用・定着・効率化。職場環境や福利厚生が重視されるなかでも、一人で何役もこなさないといけない規模の中小企業の経営トップは事業のたくさんの課題に直面し、従業員のニーズとのギャップを拾いきれず、なかなか向き合えないのが現状だ」と語る。
ウェルビーイングナビは、質問項目が多岐にわたることの多い心や体の健康についてもできるだけ少ない設問で評価できるようにした。従業員の仕事に対するモチベーションや職場のコミュニケーションの向上と企業の生産性改善との関係などを研究する東京大学未来ビジョン研究センターの古井祐司・特任教授の監修によって、70項目からリスクを洗い出せるという。

設問では家庭事情などもたずねるが、従業員の回答内容は匿名化、統計化して個人情報と紐づかない。しかし、集約した全データからは、生活面も含めた従業員の心や体の健康や職場環境に潜むリスクを数値化し「偏差値」として示す。また、労働生産性の損失、つまり、ワーク、ライフを通じて社員が感じる負担によって発揮されるべき能力が失われている経済価値を金額として「見える化」する。北村氏は「何から手を付けたらいいかわからないという声の多いウェルビーイングに対し優先順位をつけることができる」と語り、ウェルビーイングナビを無償提供することで「中小企業に働き手から選ばれる企業になる一歩を踏み出してほしい」と続ける。

■大企業並みのサポート
従業員のアンケートから見えた課題に対して、経営者がどう対応するかもポイントとなる。採用において、結婚や出産、子育て、介護といった従業員のライフイベントに寄り添うサポートが求められているとはいえ、人数が限られた中小企業では、人手も制度も行き届かないことが多い。ウェルビーイングナビが質問を絞り込み、課題を明確化する理由もここにあるという。
内田氏は、「中小企業はあれも、これもといっても対応できないが、対策の優先順位付けができれば打ち手も明確になる」と話す。
東京海上日動では、登録事業者向けに暮らしにまつわる無料の情報提供サイト「buddy+ for smile(バディーフォースマイル)」を展開する。サイトでは情報提供のほか、登録事業者の従業員が誰でも参加できるセミナー、資産形成や教育、老後資金の各種シミュレーションもできるという。
日本全体が物価高、金利のある世界になるなかで、職場のみならず従業員の暮らしにおける自律的な判断をサポートする情報を提供することで、「中小企業においても、従業員に自助の支援で、意欲的な業務への従事、豊かな生活につなげてもらうのが狙い」(内田氏)という。サイト内での情報提供だけでなく、介護の専門家、お金と保険の専門家の相談窓口へも橋渡ししている。北村氏は、「インターネット空間にはあらゆる情報はあるが、正しいもの、自分に合うものを選別するのが難しくなっている。大企業では人事部が対応しているようなことを代わりに提供していく」と、意義を強調する。中小企業でも従業員の健康などに配慮する「健康経営」に取り組む企業が増えており、利用企業からは「時代に合った従業員へのサポートで人材の定着や採用にもつながる」との声もある。

また、家族構成や働き方が多様化する中で、会社が全従業員のニーズにどう対応していくかも課題となっている。家族に対する手当ても、従来のように子供や配偶者を想定したものだけでは応えられない。保険を本業とする東京海上日動は、国内の経済団体と連携し、中小企業1社ごとでなく、団体を大きな一つの母集団としてとらえ、福利厚生を提供する。保険商品のほか、大企業で導入が進むハラスメント対策のeラーニング講座なども提供しているという。
*東京海上日動火災保険のライフデザイン・キャリア形成支援策*
育児、介護を支える柔軟な働き方育児、介護を支える柔軟な働き方
東京海上日動火災保険は自社でも、社員向けにライフデザイン・キャリア形成の支援を行っている。
同社は、社員一人ひとりと会社の双方が持続的に成長できるように、社員一人ひとりの「こうなりたい」という想いを大切にしている。
キャリアの面では、社員の多様なニーズやキャリアビジョンに応える幅広い研修や、チャレンジしたい職務に応募できる「JOBリクエスト制度」を実施することで、社員の自律的なキャリア構築を後押しする。また、全国の社員が現在の業務を担いながら希望するプロジェクトに参画できる「プロジェクトリクエスト制度」などを通じ、社員の挑戦意欲や働きがいにつなげようとしている。
他方、共働き世帯の増加や価値観の多様化を踏まえ、社員一人ひとりの「仕事とライフの両立」に対応できるよう、働き方の柔軟性も高めている。
例えば、有給休暇を時間単位で取得できるようにしたり、勤務時間を午前5時~午後10時の間、15分単位で始業時刻・終業時刻を選択できる「スーパーマイセレクト制度」を導入したりするなどしている。子育てや介護など様々なライフイベントに直面しても、想い描いたキャリアを形成してもらうためだ。
また、管理職を対象に、子供の発熱時や介護に直面した場合など「もしも」を想定した働き方を実践する「もしもチャレンジ」を実施する。管理職は約2週間、家庭の緊急時対応を想定して即時退社や出勤制限を受け、仕事と家庭を両立する社員の立場になって疑似体験する。育児や介護で突発的に休まざるを得なくなる社員の立場を理解し、一人ひとりの働き方を尊重し、支え合う風土醸成を図る狙いがある。また、代替性を確保するためのきっかけ作り等、柔軟な組織体制の構築に繋げる狙いもある。

ほかにも、介護に直面する社員に対しては、産業ケアマネジャーによる介護個別相談や、社員同士が悩みや相談をざっくばらんにできる「介護雑談部屋」を実施するなどして、多様な機会を通じ、社員が悩みを抱え込まずに、負担を和らげる環境を整えている。