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家事支援サービスは「諦めないためのチョイス」

パラアスリート兼会社員 谷(旧姓:佐藤)真海さん

東京五輪・パラリンピックの招致活動や日本代表団旗手を務めたパラアスリート谷(旧姓:佐藤)真海さんは、アスリート会社員としてのCSR活動や2児の母としての顔も持っている。二十歳で義足生活となってから「悔いのない人生を生きたい」と、スポーツ界の第一線で活躍しながら結婚・出産といったライフイベントを経験してきた谷さん。料理や掃除といった家事支援サービスを使ってきた一人でもある。自身の「やりたい」を実現するため、家事支援サービスは「諦めないためのチョイス(選択)」(谷さん)だという。

家事支援サービスを利用することになったきっかけをはじめ、利用前に感じていた抵抗感とその後の心境、そして自身の日々の生活にもたらされた変化について話を聞いた。

【略歴】

谷真海さん

旧姓佐藤。宮城県気仙沼市出身。早稲田大学在学中に骨肉腫を発症し、2002年4月に右足膝下を切断。競技者としては、走幅跳で2004年のアテネ、2008年北京、2012年ロンドンのパラリンピックに出場。2020年の東京五輪招致活動においては、国際オリンピック委員会(IOC)総会でプレゼンターとしてスピーチを行う。個人では、2014年に結婚。2015年の出産を経て、2016年パラトライアスロンへの転向を表明。2021年「東京2020パラリンピック」に出場し、開会式で旗手を務めた。サントリーホールディングス株式会社CSR推進部勤務。

■東京五輪・パラリンピック前に「心」に余裕

谷さんが家事支援サービスを初めて利用したのは、2019年ごろ。結婚を経て2015年に第1子を出産する中、自身がプレゼンターとして招致活動にかかわった東京五輪・パラリンピックへの出場を目指しているころだったという。

谷さんは、出産を機に競技種目をパラリンピック3大会に出場した「走幅跳」から「トライアスロン」へ転向した。瞬発力が求められる競技場種目からスイム(水泳)、バイク(自転車)、ラン(ランニング)の3つをまたぐ持久競技へと挑戦している時期でもあった。にもかかわらず、コロナ禍によって東京開催に批判的な声もあり、アスリートと家庭の両立だけでも大変なのに「アスリートとしてどうしたらいいのか」という悩みを抱え、精神的に「いっぱいいっぱい」(谷さん)の時期だったという。

そんな中、少しでも負担を軽くしようと、家事支援サービスとして、料理代行を選んだ。

「トレーニングをして、仕事を終えて、子供を迎えに行って、それから『さあ、今日の夕食どうしよう』そんな生活」。谷さんは当時の心境をこう振り返りながら、料理代行を使って日々の料理の一部を代替したことによって、「心の負担が軽くなりました」と話します。当時、東京大会に向けて、独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が女性アスリートを応援するために家事支援サービスの補助を実施していたことも、背中を押したといいます。

谷さんはもともと、アスリートとしての活躍はもちろん、子供と過ごす時間や子育ては自分の中で大事な部分だった。料理も自分でできることはやりたいものの、一部を外部にゆだねることはできると思い、当時、料理代行を2週間に1度程度使うことにしたという。料理代行サービスでは数日分の料理を作り置きしてもらっていた。「メインの料理を自分で作り、料理代行の料理をくわえると、食卓に1品、2品増える。要望に応じて栄養バランスを考えた料理を作ってくれた」と、家事負担の軽減に加え、料理代行サービスのスタッフとのコミュニケーションを通じアスリートとしての食事のバランスなどにも配慮しやすかったと感じている。

左:2025年のアジアトライアスロンパラ選手権に参加した谷さん。右:2024年のワールドトライアスロンパラシリーズ でゴール近くで次男とハイタッチする谷さん(いずれもご本人提供)

■抵抗感を乗り越えさせた夫の後押し

そんな谷さんも、当初は利用に抵抗感がなかったわけではない。「自分の親世代には家事支援サービスは身近な存在ではなかったし、家事は家庭内、特に『お母さんがやること』といったイメージがあって、躊躇するところもあった」と明かす。しかし、利用できたのは、日ごろから家事を分担してきてくれた夫が、家事支援サービスの利用に対して理解があったことだったという。

最近は、月1回程度の掃除代行サービスを使っている。パラリンピックが終わって第2子を出産した直後の2023年ごろから、産後ケアや長男の対応で手の回らない掃除を補うため継続して使ってきた。現在も3歳と小学4年の男児2人がいて、家庭内はてんやわんやだが、月1回の掃除で整頓されると、「家族みんなが喜んでいます」と、子供も親しみを感じていることに安心した表情を見せる。

■働いている方から感じる「誇り」

家事支援を利用している谷さんは、「スタッフとして働いている方に『誇り』を感じます」と明かす。

谷さんの利用する掃除代行サービスのスタッフは、「2~3時間の作業の間、休みなく働いていて、大丈夫かしらと思うぐらいです」と、恐縮する。

掃除が終わると、本棚に並ぶ書籍は高さがそろい、子供の手の跡がついたガラス窓はきれいに拭き上げられている。収納のコツを伝授してもらうこともあるという。「お金を支払っているので当然かもしれませんが、普段の掃除ではなかなか手の回らないところまで手早く済ませるワザは、『さすが』と思います」と、掃除の前後で変わる部屋の様子を嬉しそうに話す谷さん。

かつてはトレーニングから出勤、さらには子供の送迎で疲れ果てた後、散らかった家に帰ると、家が片付いていない状態が自身に対するイライラにつながっていたという。家事支援サービスを依頼することで、部屋が整うだけでなく、谷さんは別室で講演やイベントに向けた資料作りやテレワークに時間を充てている。気心の知れたスタッフに頼んだときには、外出して買い物に行く心の余裕もできているという。

■心の負担を軽くすることで、アスリートとしての活躍を継続

谷さんの1日は、アスリートとしてのトレーニングからはじまる。早朝の室内でのバイクトレーニングやランニング、水泳の練習会に行くときもある。その後に、子供を学校や保育園に送り出し、必要な時は所属会社へ出勤する。限られた時間の中で、「悔いない人生にしたい」と、谷さん。

トライアスロンは、スイム、バイク、ランの3つの競技を連続して行う持久レースで、鉄人レースともいわれる。スピードや体力を向上させるためには、毎日の練習は欠かせない。「時間がない中で、トレーニングもしないといけないときに、家事の負担が軽くなるのは『心の負担』をやわらげ、トレーニングに前向きに取り組める」と、家事支援が間接的にアスリートとしての活躍の支えになっていると明かす。

二十歳で義足生活を余儀なくされ、「悔いのない人生を生きよう」と決めた。

結婚当初はアスリートとしての活動のほか、家事も子育てもすべて自分でやろうと思ったが、今は、習い事への送迎や勉強のサポート、読み聞かせといった子育てを優先している。利用以前は抵抗感を持っていた家事支援も、「やりたいことを諦めないためのチョイス(選択肢)だと思うようになった」と話す。

谷さんは、「はじめは豪邸で働く家政士さんやお手伝いさんのような贅沢なイメージもあったけど、実際に使ってみると、考えないといけないことが減って、トレーニングにも集中できる。必要な出費だと思えるようになった」と、受け止めの変化を感じている。 

「新しい挑戦をするには心も体も余裕がなければできない。今振り返ってみると、結婚もして、出産もして、アスリートとしても活動できていて、こうなることは想像していなかった。よくやってきたなと自分でも思います」

谷さんにとって、家事支援サービスは日々の家事について考える負担を減らし、心と体を楽にしてくれる存在となっている。アスリートとしても、妻、母親としても谷さん自身が満足できる環境づくりに貢献しているという。