熊本信金「自律、自走する職員を育て業績に」
クラシオ「社員の声から仕事に『ワクワク』を」
熊本信用金庫、クラシオ株式会社
熊本信用金庫 人事研修課 下田 眞敬 氏
クラシオ株式会社 代表取締役社長 瀬倉 将司 氏
地方、中小企業では、ライフデザイン経営とどう向き合っているのだろうか。熊本信用金庫は、2024年度に実施したライフデザインサービスの実証事業の一環で、地域の複数の企業を集めて研修体験を企画した。研修体験に参加した地元企業のクラシオの社長と、熊本信金の人事担当者に、その時の気づきやその後の変化について語ってもらった。
記事のポイント
- (熊本信金)地元で就職する若い人材が減る中、職員がキャリア、ライフを考える機会をつくる大切さを地域の企業に伝える
- (熊本信金)若い職員だけでなく、幅広い世代の職員への理解醸成に研修導入を検討。価値観の違いを受け入れる職場づくりに
- (クラシオ)ライフデザイン研修が社員に刺激を与え、働き方と向き合う機会に
- (クラシオ)社員を中心にビジョンを策定し、エンゲージメントが向上

下田氏)
大企業では人的資本経営といったことが注目されているが、まだ地域では社員のキャリア・ライフデザインの大切さが定着しているとはいいがたいです。
地元で就職する若い人材が少なくなっていく中で、地域企業が存続していくためには、会社が社員のキャリア形成に前向きに取り組む必要性があり、取引先の企業にも参加を呼び掛けました。
瀬倉氏)
ちょうど2024年度から、経営方針の真っ先に従業員の満足度向上を掲げました。
当社は、社員20人程度の住宅メンテナンスをする会社です。ハウスメーカーや工務店と取引し、ご自宅にうかがうときには一般のお客さまともお会いする仕事です。安心・安全、快適さを提供する前に、まずは従業員が安心・安全・快適でなければ実現できないと考えたからです。顧客満足度の前に、従業員満足度を高めなければ、会社もありたい姿、なりたい姿にできないと思います。
ライフデザインサービスの研修は、社員のキャリア形成の後押しにも力を入れようと考えていたタイミングでしたので、入社7年目の女性社員とともに私も参加しました。
■ライフデザイン研修は、多様な価値観に気づき、受け入れる機会
下田氏)
研修は、職員の採用や定着で考えるきっかけになりました。転職市場が大きくなる中で、当金庫としても職員にどう定着してもらうかというのは課題でした。キャリアとライフをうまくバランスしてもらうことで、長く働きたい会社にしていかないといけないと考えました。
研修での発見は、若い世代とひとくくりにできない価値観の違いです。職員の人生観に触れることができた。仕事はそこそこでライフの側面を充実したい職員もいれば、100のうち95を仕事に振り向けたいという職員もいた。それぞれに会社に定着してもらうには、職場が多様な価値観を受け入れていかないといけないということだと思います。
当金庫では今回は若手職員を対象に研修しましたが、幅広い世代の職員にも受けてもらいたいと思うぐらい、世代間ギャップを感じることができる研修でした。

瀬倉氏)
研修に参加して、私自身の気づきでは、普段なかなか話すことがない、社員のキャリアとライフに関する考え方を知ることができたことです。通常業務の中では、プライベートに関する話題は社員に聞きにくい面があります。研修の中では、社員がどのような人生設計を思い描いているのかを垣間見ることができ、素直に良かったと思いました。加えて、大きかったと感じたのは、参加した若い社員の変化でした。
私自身は地元経済界の集まりや勉強会に参加することで、さまざまな情報や気づきを得る機会はありますが、社員は自宅と会社、取引先といった限られた人間関係になりがちです。多くの中小企業も同じ悩みがあると思います。この研修のように、地域のほかの企業の社員と交流することで、社員は大いに刺激を受けたと思います。
研修後には、副業はできるかという相談がありました。自分から働き方に関心を持ってくれたことがすごくうれしかったですね。ほかにも、パートの方から時短社員の制度がないかといった問い合わせがあるなど、雰囲気が変わった感じがします。
下田氏)
当金庫でも若い職員、職場の雰囲気に変化がありました。当金庫はやや保守的なところがあって、働き方に昔ながらの感覚がありました。しかし、研修でライフという面が意識されるようになって、若い人が男性育休を取得できる雰囲気が職場にできたように感じます。ある職員が、手術が必要かもしれない体調不良を訴えたときにも、診察結果を踏まえて悩むことなく休暇を取り、治療しました。以前なら、仕事が落ち着く時期まで休めないと考えていたと思います。申し訳なく休むのではなく、安心して休める雰囲気が職場に広がるといいと思っています。
■安心して休める環境づくりは経営者の責任
瀬倉氏)
安心して休める環境をつくるのは、会社、経営者の責任だと思います。
自分だけでなく、家族がいれば家族の体調不良で休まないといけないときもある。その時に休むことができる働く環境整備は、経営者しかできないですから。
仕事のために人生があるのではなく、人生のために仕事があるわけで、あくまで軸足は「自分(社員自身)が幸せになる」ということだと思います。
そのためにも、社外にでて他の会社の人の価値観に触れることは大事だと思います。ライフデザインに触れる研修は、自社だけではできない補完性をすごく感じました。

下田氏)
この研修を実施するときには、当金庫内で、職員の目が業務外に向いて転職を誘発するのではないかという懸念もありました。ただ、研修することで社内の雰囲気を変えるきっかけにもなりますし、若い職員に自社のいい側面に気づいてもらうきっかけになるんじゃないかと思っています。
キャリアとライフのバランスを考えてもらうことで、自律的に考え、自走できる職員が増えていくことで、仕事にもいい効果が出てくると思っています。
瀬倉氏)
地域人口が減って、労働人口も少なくなっていく中で採用は厳しくなっていきます。経営者が「いい会社だ」とどんなにPRしても、一方的なPRでは刺さらないと思っています。その点で、働いているメンバーが語る「働きがい」や「生きがい」といった情報発信は非常に大きな効果があると思います。
最近では、従業員の紹介で採用するリファラル採用にも力を入れています。より働いている社員の満足度が大事になっています。
高校新卒の採用にも力を入れていますが、給与面で、大企業と競おうとしてもかないません。ですが、人間関係や風通しのよさ、経営の小回りが利かせやすい中小企業らしさを強みにすることで、働きやすさや働きがいで、地元の高校の先生にも生徒を紹介してもらえています。
下田氏)
先日、熊本で開催された就職イベントに参加しました。登壇した就職活動を経験した大学生4人が上げた就職企業選定の理由の一つ目は、いずれも給与ではありませんでした。働きやすさや企業のカラー・文化でした。
企業が社員に寄り添うライフデザイン経営の大切さを感じました。

■社員満足度で業績は上がるのか?
瀬倉氏)
社員の満足度を高めることで、業績がいきなり上がるとは考えていません。
ただ、私自身の発想も変わりました。
以前は、会社のありたい姿、なりたい姿に向けてビジョンを作っていましたが、いまはアプローチが逆になりました。
社員の平均年収をこのぐらいにしたら、どのぐらい業績が必要なのか。そのためにはどうしたらいいのか。社員のありたい姿を前提にしつつ、ビジョンをつくることで、会社と社員のエンゲージメントの向上につながると思います。
当社内には、社員同士で作っている「釣り部」があるのですが、その中心的存在で、何よりも釣りが好きという社員と面談しているとき、熊本の離島・天草に拠点を新設してもよいのではないかという話になりました。もちろん、市場動静としても拠点を置くメリットはあると考えていたところではありますが、趣味を持つ社員が生きがいを感じながら仕事をしてもらえるのであれば、それもいいのではないか、と思っています。
私の感覚だけでは、社員に仕事を通じたワクワクを与えるのは限界があります。社員から吸い上げることが大事だと思います。そのためにも、ライフ面に目を向ける価値があると思います。
下田氏)
働きがいや生きがいを持てる職場は、採用も定着も改善すると思います。ライフデザインを後押しすることは、職員を定着させるとともに、自走できる職員、会社への愛社精神のある職員を増やしていくことにつながるのではないかと思っています。こうした取り組みや効果は、我々の取引している地域の企業にも共通すると考えています。

クラシオ株式会社
熊本市に本社を構え、住宅の基礎工事や設備、害虫防除施工などを手がける。シロアリの駆除・防除の専門事業から、住宅診断やリフォームなど幅広く手がけるようになった。
創業:1957年
従業員数:約20人